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出版業界屍山血河! 『騙し絵の牙』に見る制作現場から流通システムの行方

 経営側から制作の現場、はたまた販売先まで……と、出版業界のシステムの中で巻き起こるタマの取り合いを描いたのが『騙し絵の牙』だ。「鉄は熱いうちに打て」とばかりに、廃刊危機に陥っている雑誌が勝負にかかる! その行方はいかに!?

騙し絵の牙・ポスター1 騙し絵の牙・ポスター2


出版界という荒海で沈みゆく船は再び浮上できるのか?

 小説だろうが漫画だろうが“作品”ではなく、新規参入のクライアントによってweb“コンテンツ”などと呼ばれるようになって久しい。即時性かつ無料、そしてスマホの普及により、ネット閲覧がいつでもどこでも手軽に出来るようになったため、出版業界を圧迫しているのは御存知の通りである。

 読者を引きつけるために雑誌やムックに付録をつけるようになったが、値段を上げると、また売れなくなるのでそれも出来ない。値段はほぼそのままで、お得感だけが増し、人はそれに慣れていく……などという、一時の打開策により、再び自らの首を締めていくのであった。このようにひっ迫した状況に瀕しているのが出版業界である。

 老舗出版社の看板雑誌はプライドも高い文芸誌、それに付け加えて最高経営責任者の急逝、経営方針の相違にともなう派閥争いが勃発。現場の編集部では雑誌を立て直すべく四苦八苦。そこで抜擢されたのは様々なジャンルの編集部を各所で渡り歩いてきた敏腕編集長。

 規模の大なり小なりはあれど、出版業界さもありなんといったように、出版社内に吹き荒ぶ嵐の様子を描いているのが『騙し絵の牙』なのである。


現実でも繰り広げられる代理戦争! 頂上作戦!

 脚本を担当した楠野一郎氏によると、吉田大八監督から提示されたのは「『騙し絵の牙』はタイタニックの中での“仁義なき戦い”」ということなのだそうだ。非常に明快なヴィジョン、そして東宝チャンピオンまつりか東映まんがまつり感がある、心躍るぶつかり合いがなされているのだ。3作目『仁義なき戦い 代理戦争』(73年)や4作目『仁義なき戦い 頂上作戦』(74年)がより一層、現実的な争いの展開ではないか、という個人的な憶測もついでに添えておく。

 『騙し絵の牙』は「騙し」というあざとさとは異質の面白さを持っている。ひとつのことが済んだかと思いきや、まだその先にはさらにひと展開がある、というのを幾度となく繰り返すため、最後まで気が抜けないのだ。物語展開としてのキャッチーなメリハリというのは当然必要ではあるが、仁義なき戦いのつるべ打ちは現実でも起きていることである。
 単に雑誌の存亡を賭けた攻防的な展開だけというよりも、過去から培ってきた出版物の一般的な在り方、そして、未来に於ける展望をも描いており、本好きにとっては心くすぐる鑑賞となるであろう。

 本というものは少々特殊な流通方法をとっているのは御存知だとは思うが、イマイチ理解出来ていない、もしくはまったく知らない方にとってはなおさら不可思議なシステムだったりする。本作では出版社と書店をつなぐ出版取次についての説明もなされる。商品がお客さんの手に届くまでが出版の流れ、という構造が全編を通して語られており、鑑賞後には仕組みが理解出来るという親切な作品でもある。

 しかも、会社や流通システムのみならず、出版社と編集部および編集者、編集者と書き手、書き手とファンや読者、読者と編集者、書店と客……などというように、多数の細かな関係をそれぞれ描くことにより、どこかを欠いたりおざなりにしてはならず、限りなく高い信頼性により支え合っているのが出版という世界なのである、ということを改めてひしひしと感じさせるのであった。

 そして、多くの人にとっての本との関わりは購入する立場というものである。制作の現場や流通などの舞台裏は本来なら外部の人々は知らなくてもよい事柄である。そこで、誰もが非常に身近な存在として登場するのが「本屋あるある」なのである。よくぞ1時間53分に起伏の激しい事件や混乱の数々を収めた、と感心する一方、このような小技があちこちに散りばめられているのも心憎い楽しさだったりする。


多彩な演技者による群像劇

 以前からだが、松竹が制作する作品は、出来栄えの丁寧さや安定感に加えて、出演者たちの顔ぶれの多彩さ、的確さという良さがある。
 主演の大泉洋氏、そして松岡茉優氏を始めとし、本作には多数の巧みな演技者たちが集結している。原作の時点で大泉洋氏に関しては「あてがき」のつもりで書かれていたために、はまり役であるのは言うまでもない。何を考えているのか解らない飄々とした編集長・速水役だが、その姿は様々なジャンルの編集部を渡り歩いてきている経験によるものによる。それを演技として昇華しているために、大泉氏の懐の深さを思い知るのであった。

 そして、松岡氏が演じる高野は編集者でありつつも、実家は個人経営の書店であり、休みの時には店番もする。本と共に育った者が編集者となり、さらに最終的に届ける人々をその目で見届けることもできる環境である。ふたつの現場を熟知しており、理想的な二足のわらじを履いた人物でもある。夢中になって読んでいたがゆえにうっかりコーヒーをこぼしてしまい、原稿に対して「ごめんなさい!」と謝る。何十稿もある原稿の内容をそれぞれ覚えている……などなど。作家冥利に尽きる担当編集者とは彼女のような人物のことを指すのだと思う。

 このようにベテランと新人という、ふたりの編集者を物語の中心の軸に据えることにより、小説の語り口の面白さとはまた違った多角的な視野の群像劇となっている。映画という表現方法の楽しさを存分に生かしている証拠である。

 多彩な実力派の演技者たちの中に於いて、今回、フレッシュな配役として登場したのは宮沢氷魚氏だ。多数のドラマはもちろんのこと、最近だと『his』(20年)にて、そのきらめきを体感した人は多数いらっしゃるかとは思うが、『騙し絵の牙』に於いても言うまでもない。出版社の中を歩けば社内はざわめくという、麗しい新人小説家・矢代を好演した。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花というのを体現してしまった上に、今一番、逆光に映える人物、それが宮沢氷魚氏なのである。物語に於ける「ベテランと新人」が様々なところで対比のごとく登場するが、演技者に於いても同様である。いぶし銀からダイヤモンドダストまで、とりどりの色や輝きを持つ、演技者たちの掛け合いや存在感を一度に味わえる贅沢な作品でもある。

 舞台は出版業界ではあるが、実は普遍的なこととして捉えられる物語なので、鑑賞された皆さんは自分や周囲で思い当たることに当てはめて、楽しんでいるのかもしれない。



監督:吉田大八
脚本:楠野一郎・吉田大八
原作:塩田武士
出演:大泉洋、松岡茉優、宮沢氷魚、池田エライザ、斎藤工、中村倫也、佐野史郎、リリー・フランキー、、塚本晋也、國村隼、木村佳乃、小林聡美、佐藤浩市
2021/カラー/日本/1時間53分/

企画・配給:松竹
公式サイト: https://movies.shochiku.co.jp/damashienokiba/

(2021.03.31 映画boardにて掲載)
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