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『シェッド・スキン・パパ(脫皮爸爸)』

●『シェッド・スキン・パパ(脫皮爸爸)』

監督・脚本/司徒慧焯(ロイ・シートウ)
出演/吳鎮宇(フランシス・ン)、古天樂(ルイス・クー)、春夏(ジェシー・リー)、蔡潔(ジャッキー・チョイ)、田蕊妮(クリスタル・ティン)

脫皮爸爸海報1 脫皮爸爸海報2

 2006年に第50回岸田國士戯曲賞を受賞した佃典彦の戯曲『ぬけがら』は香港でも舞台劇として上演されて好評を博し、映画化したのがこの『シェッド・スキン・パパ(脫皮爸爸)』である。
 脚本家や舞台演出家としては25年というキャリアを積んでいる司徒慧焯(ロイ・シートウ)だが、映画監督第1作目として、この荒唐無稽な題材に挑んでいる。
実は2011年に香港で上演したこの作品の舞台劇を演出したのが、この司徒慧焯なのである。

 ちなみに、司徒慧焯は日本でもお馴染みの『チャイニーズ・ゴースト・ストーリー3(倩女幽魂3:道道道)』や『スウォーズマン女神復活の章(東方不敗風雲再起)』など、数々の映画の脚本を執筆する一方、『夜半歌聲/逢いたくて、逢えなくて(夜半歌聲)』や、近年では『恋の紫煙(志明與春嬌)』、『恋の紫煙2(春嬌與志明)』、そして『カンフー・ジャングル(一個人的武林)』などでも、ちょっとした役を演じて出演もしている。



 母親も亡くなり、仕事も上手く行かなくて借金に追われることとなり、妻との間には気持ちのすれ違いが生じる。
そんなこんなで夫婦生活に亀裂が入り、妻から日がな離婚届を突きつけられる始末。
 さらには80歳となる父親(呉鎮宇/フランシス・ン)は認知症という、人生ドン底な窮地に陥っているのが、この映画の主人公で映画監督である田力行(ティン・レッハーン。古天樂/ルイス・クー)なのである。

 そんな状態の中、ジャンユー爺ちゃんの脱皮が唐突に発生する。
タイトルにもなる程の最大の見所でもある。
 超どセクシーさを醸し出す、ぬらぬら全裸姿のジャンユーを見ることが出来るのか、さらにはへろへろなストリップ後の、脱ぎ散らかした姿を披露するのかを期待していたところ、意外にも肉厚なしっかりとした着ぐるみ状態……。
いや、それもなかなかの愛嬌のある御姿だったりするのだが。
脱ぎ方も毎回、趣向が凝らしてある。これがまた非常に楽しいのである。

 ジャンユー爺ちゃんは日々脱皮し続け、10歳ずつ若返っていくという、何ともシュールな設定なのだ。
だが、ジャンユー無双、忍法ジャンユー分身の術かのごとく、ジャンユー6倍映画、つまりとんでもない程にジャンユーのインフレ映画となっているのである。
自分が大ファンである俳優さんが画面ぎっしりにインフレを起こしている状態を、是非とも皆様にも想像していただきたい。
過呼吸を起こして昇天しちゃうでしょ!!
 認知障害だけでなく、じょろじょろと尿漏れも起こしている、よれよれなジャンユー爺ちゃんが10歳ずつ若返っていくために、それぞれの世代の父・ジャンユーが登場。
結果的に文字通りの紅顔の美少年と化すジャンユー少年にまで至るために、サービス過剰ともいうべき作品に仕上がっているのであった。

 題材からしてコミカルなのは言うまでもないのだが、本作の最大の魅力は香港という地を上手く取り入れ、雄大なテーマにもしている点である。
 生きるのに困難と迷いが生じている息子が、いくつもの時代の父の姿を見続けながら、しかも順に過去に遡りながら、彼の生い立ちを理解する。
その父親により自らのルーツを見出していく様子が香港人ならでは……という描写だったりするのである。
 父の頑固でわがまま三昧な言動の背景に見え隠れし、人生に関わっていく香港のルーツとは一体、何なのか――――。
これこそが今まさに多様な形で香港人が使わんとしている重要なキーワードでなのである。
単刀直入に言ってしまうと、雨傘革命以降に生まれた映画の特徴が如実に表れた映画なのだ。
とはいえ、他の作品とは違うマイルドなアプローチの仕方と表現がされており、「ちょっと待って! 我々って実は……?」と、民族に関する原点回帰をし、今、改めてもう一度、自分たちのことを考え直してみようよ、という問いを観客に投げかけているようにも見える作品でもある。
 このような点が映画版ならではの上手いアレンジをしている部分ではないか、と想像せずにはいられない。

 硬いメッセージを送っているだけではなく、若返る父親に対して幼き頃のごとく、次第に心を寄せていき、少年時代に触れた楽しい想い出のアイコンがいくつも姿を現す。
日本人の我々にとっても身に覚えがあること、或いは新鮮に感じたりする箇所がいくつも登場するのだ。

 香港映画では「夢」を語る際に、その「夢」と共に「飛行機」が比喩のモチーフとして使われることが時折ある。
香港人の飛行機好きのルーツは一体何なのだろうか。
そこをいずれ掘り下げることが出来ればいいな……などとも考えているのだが。

 最後に小ネタのメモを数点。
 インフレ・ジャンユー状態で麺をすすっていた様子がドルビーサラウンドにて聞くことが出来た、家族みんなで食べていたもの。
これは「竹昇(升)麺」と呼ばれるもので、竹昇、つまり太い竹竿を使って圧力をかけながら生地を捏ね、それを薄く伸ばして切って作られる麺のことである。
多くの場合、アヒルの卵を使用して作る、いわゆる卵麺を指す。
香港、マカオ、廣東、廣西、貴州などで食べられているもので、主にワンタン麺にも使われている。
画面を観て「カレーか何かの麺?」と気になった方もいらしたかと思うが、このような性質の麺のため、黄色い麺なのだった。

 小物もちょっと楽しいものがいくつも発見できた。
 引き出しの中には香港人の必須アイテム『白花油』ならぬ『百花油』の小箱があり、駄洒落を忍ばせた小道具さんの遊びにもくすり、と笑ってみたり。
 
 ロケ地に関しては親子が住んでいた、布団などが干されていたりした通路がとても印象的な古い公屋(団地)は、漁光邨の中にある順風樓である。
 そして父親が闇雲にツケで買い物をする露天街市(市場)は筲箕灣の金華街露天街市。
 このように古き良き香港の姿を写し出し、残している作品でもある。

 『脫皮爸爸』は2016年の東京国際映画祭で上映されて以降、香港でも数回の上映はあったものの、未だ一般公開の予定が立ってはいない。
一応、最新のポスターには「2018年公開」とはあるのだが……。
香港の新聞の映画記事にも「早く観たい!」と書かれているほどの作品なのにも関わらず、この状態のままである。
 香港での数回の上映の御蔭で、2017年の第36屆香港電影金像獎では最佳男主角(最優秀主演賞)で吳鎮宇が本作でノミネートされたことも最後に付け加えておく。
ここ数年、金像獎にノミネートをされるためだけの上映をしている作品がいくつか登場する。
つまり、金像奬にて注目を浴びさせてから一般公開へ、という宣伝効果を狙っているようなのだが、香港製造の映画が一般公開出来ない現状、つまり苦戦している様子を『脫皮爸爸』で垣間見てしまっているような気がしないでもない。

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