映画[た]の記事 (1/5)

『タレンタイム~優しい歌』

●『タレンタイム~優しい歌』

監督・脚本:ヤスミン・アフマド/音楽:ピート・テオ/出演:パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール 他

タレンタイム日本版ポスター タレンタイム馬来西亜版ポスター


 愛する人が幸福であるのなら自分も幸福、不幸であるのなら自分も不幸……と言えるほどに生涯を共に遂げたい、と思える人と出会えるのは幸せと不幸せの両方を包含している。
 そんな一身の愛を捧げられる人と出会えること自体はとても幸せなことなのだが、本人らの意思とは別に、外部から、しかも生活文化などの障害により発生する壁は乗り越えられない場合もあるという困難が現実にはある。

 父親と対等な女系家族、様々な人種及び異宗教間での恋愛、同性愛では?と思われてしまうほどの男性同士での近い馴れ合い、華人のメイド、更には華人のムスリム……などという、マレーシアという国に於いて、タブーとも思えるような人との関わり方、或いはタブーでなくとも実際にはあり得るのか?と疑問を抱くような姿の描写が全編に渡って、多数散りばめられている。
 『タレンタイム』は、ライバルも人種も宗教も言葉も貧富などという壁をも越えながら、互いの心を通わせつつ、生と死も隣り合わせに描く。
 この物語は、マレーシアの中ではどれもが誰にでも起こり得るということを、同一に語っているのである。

 登場人物の心情の多くは劇中で流れたり歌われる歌の詞、そして詠まれる詩で表現されており、それらはインド映画の手法に限りなく近い。このような演出そのものですらボーダレスに表現されているのである。
 台詞で語られないことがかなり多いために、時を経て、マレーシアに関する知識がひとつでもふたつでも増えた状態で鑑賞をすると、そのたびに発見がある作品なのだ。



 この作品の中で描かれていることは、現実のマレーシアの姿に対し、こうなれば良い、そうなれば皆が幸せに向かって一歩踏み出すことが出来るのでは、という、未来に対しての希望や問いかけではなかろうか。
 いや、マレーシアだけではない。文化や習慣などの違いはあれど、世界中の人々に対して望むことなのである。
 つまり、クライマックスにて行われる、タイトルにもなっている『タレンタイム』という芸能コンテストのステージ上で繰り広げられていることそのものに、これらの意味のすべてが集約されている。
 ヤスミン監督が遺した最期のメッセージは、世の人々が平等で手を取り合えますように、という、愛に溢れた優しい願いが込められているとしか思えず、鑑賞後には胸いっぱいになってしまうのである。

 劇中で多用されるドビュッシーの『月の光』は『ベルガマスク組曲』の中の1曲。滑稽に振る舞う道化師の仮面の下には哀しみが満ちている。
 そのような意味も含まれているらしい上に、ベルガマスク本来の意味である即興演劇は、女性が演劇をすることがあり得なかった時代に女優を起用して演じられていたそうだ。
 劇伴ですらこんな深読みをしたくなる演出なのである。

 そしてマレーシア国歌の元となっている歌は『Terang Boelan(トラン・ブーラン、月明かり)』。もちろんマレーシアの国旗も月である。
 月は照らされて輝く存在。太陽のような存在の人がいてこそ、誰しも輝くことが出来る。そのやわらかな月の光に照らされて、さらに人の魅力が引き出されるのである。
 太陽が出ている昼に月は見えるが、月の出ている夜に太陽は見えない。姿が見えない時ですら、人は誰かしらに影響を受け、そして光り輝くのである。
 ちなみに『ラブン』でも月や『月の光』が重要な箇所で使われる。この曲に乗せて庭先に多民族の人々が次々と集まり、そして誰もが満面の笑みで仲良く一緒にゲームを興じる。
 月というマレーシアを表すものの元で、誰もが共に笑顔で幸せに過ごせるように、という祈りのようなシーンなのである。

 ヤスミン・アフマド監督が込めた願いが世界中に伝わる日が訪れるのはいつになるのであろうか。

『DRAGONBALL EVOLUTION』

●『DRAGONBALL EVOLUTION』
 (監督:ジェームズ・ウォン/出演:ジャスティン・チャットウィン、ジェームズ・マースターズ、チョウ・ユンファ 他)

いつ見ても衝撃的な予告編の冒頭のこのメッセージ。

DRAGONBALL EVOLUTION Trailer's message

『DRAGONBALL EVOLUTION』の先行上映の為、有楽町のTOHOシネマズ日劇1へ。
『ドラゴンボール』に微塵たりとも思い入れが無い私なのに、何故わざわざ世界で一番最初の一般上映に行ったのかというと、ジャスティン・チャットウィン、エミー・ロッサム、周潤發、田村英里子の舞台挨拶があった為。
だって生ユンファ兄ですよ。發哥が拝めちゃうんですよ。
そりゃ行きますさ。

プレミアは前日の晩に日本武道館であったのでマスコミも入らず、ユルい状態ののんびり、でも和気あいあいな終始笑顔の楽しい舞台挨拶。
そしてユンファ兄はどんなにハリウッドに行ってしまっても香港人らしさを大放出。
こんな時でもベロアのジャージライクなパンツで登場。
ジャージ、そしてベロアという完璧な香港人らしいチョイス具合に拍手。
(※私の中では香港人のドレス・コードはジャージだと思っています。その代表選手が周星馳なのですが)
更には香港明星の大御所の余裕、それは投げキッスの大売り。
久々にたっぷりと香港明星の素晴しきサービスをたっぷりと味わいまくったのでした。
通訳は言うまでもなく、私の大好きなラブリー☆周先生でございました 。
すべてにおいて眼福眼福。


ここまでは良い。舞台挨拶はものすごく良かった。
……で。
映画そのもののがどんな具合だったのか、皆さん、聞きたいですか?
仕事が詰まっているので、観た直後にtwitterで思いついた事をその場で書き散らかしていた物の再構成となりますが、とりあえず書いておきます。
ストーリー及び設定に関しては、皆さんには観に行って座席でひっくり返っていただきたいので、当然書かないでおきます。書かないのはいつもの事だけども。
私、一斉『ドラゴンボール』に思い入れがなく、客観的な立場で感じた事をメモした状態なので、きっと好きな人が観たらもっと物申したい事が山の様に出てくるかと思います。
ええ、先日の『青春メリケンサック』の如く。


まず、とにかくびっくりしてしまう事は尺が87分しかない。
そんな所で不意に思い出した様に香港人気質を発揮しなくてもいいのに、ジェームズ・ウォン。
尺が短か過ぎると思う反面、この手の映画は長過ぎても困るという、その辺の微妙な兼ね合いをつけるのが難しい作品ではあると思う。
だからといって、どこをどう考えてもせめて2時間は掛けるだろう、と思うのが普通。
だってあの超大作のどこをどうしたらそこまで短く出来るのか?
それは尺の短さに負けず劣らず……というか、負け過ぎ劣り過ぎの内容の薄さだから。
だからね、スゴいよー。
87分の映像に総製作費100億円以上を掛けている為、ランニング・コストが異常に高い映画に仕上がっちゃっているから。
これぞ未だ嘗て無い贅沢の極み。
どんな早さかというと、スタンプラリーの様に大急ぎでフラグをちょろっと立ててその場を確認し、話を次に進めるってな感じのスピード。

確かにCGを使ってドバーン!!と闘ったり何だりはしてはいるのだけど、“冒険活劇”という部分ががっつり過ぎる程に抜け落ちている。大部分、と言っていい程に。
それは“ドラゴンボールを7個集める”という、一番のキモの部分をおざなりにしているのと同じなのですが。
じゃあそれなら、がっつりと格闘映画に徹していたのか?と言ったら、今や自身は全く動いていなくてもスティーブン・セガールの方が明らかにアクション映画の大切な部分をきちんと守っている、といった具合。
私が単にアクション映画なのにCGで誤魔化された物を面白いとか価値を見出せないだけなのかもしれないけど。
つまり見せ場が盛り上がってんだか盛り上がっていないんだかという、ものっすごいあやふやな出来。
最大の見せ場であるクライマックスの闘いがたったそんだけ?と思わずにはいられない淡白さ。
あのーぅ。よく解っていない私が言うのもなんなのですが、かめはめ波ってあんなにも出さないモンなのですか?
ついでにおまけの事を言うと『ドラゴンボール』なのにあんなにチュッチュッチュッチュッしていていいのでしょうか。
はーい。それはとても間違っていると思いまーす。

でもちょっと優しい眼で見ると監督兼脚本家のジェームズ・ウォンの「こんな長げーモン、オレにどうやってまとめさせろと!」という、ギャーという悲鳴が聞こえなくもない。
それ以前の問題で、なんでジェームズ・ウォンに白羽の矢が立ったのかという方が不思議なのですが。
きっとそれは皆、「何作っても思い入れの強い客から文句が出そうなそんなモン、背負えきれねーよ!」と拒否したか、話が進み掛けたはいいがとっとと逃げ出しちゃったか、なんだと思います。そう思いましょう。


どっちみちいいものですね。思い入れが全然無いっていうのは。
たとえ何が起きたとしてもイライラしないで済むので。
何の思い入れの無い人間が観ると良くも悪くもジャンプ的な内容が故、「ま、実はそんなモンでしょ」ってな程度な気もするのですが。
ものっすごくざっくりとしたプロット以前の、単なる軽くネタ出しの為の箇条書きをまんまを映像化すると、この位の内容の薄さになるのでは、と思うのですがいかがでしょうか。
それでも原作がある物を、どうやったらここまで薄まった汁にする事が出来るのか、という疑問もありますけど。
要はA地点からB地点に移動する事しかせず、途中の行き来や横道などが無い映画。
最近、見事にその状態の駄作過ぎる映画をもう1本観たなぁ、と思ったら、それは『ヘブンズ・ドア』だったのですが。
『デトロイト・メタル・シティ』も酷かったけど、そんなのがマトモな部類に思えるほど。
大森美香は金輪際、映画の脚本を書くな。
逆にマイケル・アリアスは素晴しい。本当に力のある監督だ。
あのうんこ脚本をあそこまで見れるレベルに持っていけたのだから。
(※書く機会が無かったので、ここにて大放出)

『TATTOO -刺青-(Spider Lilies/刺青)』

●『TATTOO -刺青-(Spider Lilies/刺青)』
 (監督:周美玲/出演:楊丞琳、梁洛施、陳意涵 他)

今年のベルリン国際映画祭でテディ賞受賞作の日本初上映。
ネットアイドルの小緑とタトゥー・アーティストの竹子の、じわじわと思い出と現在を折り重ねて綴り、ラストに向かうレズという露骨な表現よりも“百合”と言った表現が合うお話。
どっちみち原題がSpider“Lilies”だし。
ま、“Lilies”と言っても日本語で書くと彼岸花、もしくは曼珠沙華なのですが。
ところで台湾(というか中華圏)の彼岸花って、日本の赤い花と違って黄色もあるんですね。
鍾馗水仙というそうな。
ついでに白い花の白花彼岸花というのもあるらしい事を付け加えておきます。

キュートなネットアイドルを演じた楊丞琳(レイニー・ヤン)、そしてタトゥー・アーティストを演じ、ほぼすっぴんだったのだろうけど美しすぎてまだ10代とは思えない梁洛施(イザベラ・リョン)の2人の魅力が遺憾なく発揮。
そして実際はレイニーの方が4歳年上なのにも関わらず、イザベラちゃんが10歳も年上の役を演じていても何の違和感も沸かないというスゴさ。
タトゥーだのピアスだのを入れる事に対する意味合いや微妙なニュアンスなどが判る人にとっては理解しやすい感覚なのですが、そうで無い人にとってはもしかしたら何だか良く判らない事を延々と綴っている様に感じるかも、と思ったり。
とはいえ、2人の現在・過去のエピソード以外にも解離性障害の弟のエピソードやタトゥー・サロンの常連客のエピソードなどがあり、あれこれ詰め込み過ぎた結果、散漫な結果に。
こういう場合、最初はてんでバラバラに置いたエピソードだったとしてもラストに向かってどんどん話を削って整理していき、エピソードを集結させ、出来る事ならすぺてを絡ませて、そして観ている側の感情も絞り上げて高めねばならないのに、中途半端に投げっ放しに近い物まであり勿体無く思えた。
レイニーとイザベラという美形2人をずっと眺めているだけでも本当に観る価値があった作品なだけにちょっと残念。

因に個人的なお小言としては肝心のタトゥーのデザインがどうもユルく感じてしまい、許せなかったり。
更にはどう見てもタトゥーが滲んでいる様に見えたのも減点。
やはり日本の様に撮影現場で刺青を描く職人さんが居ないのでしょうか。


余談。
台北のタトゥーショップを覗いた事があるのですが……というか、覗くどころかものっすごいオープンな場所で彫っているのに驚愕した私。
それは西門町という若者が集まる街があるのですが、間口一軒程度のドアの無い店、しかも隣りや向かいが普通に食べ物屋台の様な場所でウィーンウィーン、とマシンを回転させて彫っているんですよね。
確かに日本でもクラブイベントとかで彫っていたりする事もありますが、それ以上のデンジャラスさを感じてしまった私。
しかも暑くて湿気があるし、あの土地は。
以上、台北で彫ってみたい、という猛者がいらっしゃいましたら詳しく教えて差し上げます。
多分、日本より安く彫れる事でしょう。加油~♪

※東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2007にて鑑賞
 作品紹介ページは→こちら
 公式サイトは→こちら

『多羅尾伴内』

●『多羅尾伴内』
 (監督:鈴木則文/出演:小林旭、池部良、財津一郎 他)

『トラック野郎 度胸一番星』

●『トラック野郎 度胸一番星』
 (監督:鈴木則文/出演:菅原文太、愛川欽也、千葉真一 他)

『大帝の剣』

●『大帝の剣』
 (監督:堤幸彦/出演:阿部寛、長谷川京子、竹内力 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『徳川セックス禁止令 色情大名』

●『徳川セックス禁止令 色情大名』
 (監督:鈴木則文/出演:杉本美樹、サンドラ・ジュリアン、名和宏 他)

『デジャヴ』

●『デジャヴ』
 (監督:トニー・スコット/出演:デンゼル・ワシントン、ポーラ・パットン、ポーラ・パットン 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『ただ、君を愛してる』

●『ただ、君を愛してる』
 (監督:新城毅彦/出演:玉木宏、宮崎あおい、黒木メイサ 他)

この映画、堤幸彦が撮った映画『恋愛寫眞』を基に『いま、会いにゆきます』の市川拓司が小説化した物を再び映画化した作品。

……なのだが。
“アナザー・ストーリー『恋愛寫眞 もうひとつの物語』”と謳っている割に堤の映画と何ら変わった部分が無いのですが、これ。
人物を替えりゃあ別の話になるっちゅーのは大間違いで、それはアナザー・ストーリーというのではなく、単に映画のノベライズ化という物だと思うのですが、私は。
そしてそれを改めて映画化する意味がどこに、と。

新文芸坐にて『虹の女神 Rainbow Song』と併映だった為、鑑賞したのですが、『虹の女神 Rainbow Song』の出来の良さに感心していただけにその差が歴然と露に。
その小説を読んでいないのでテキトーに勘でしか物が言えないのですが、台詞回しが多分、原作にかなり忠実だったのでは、と。
なので文字で目にした時は良くても、口で発した時に現実味が無く虫唾の走る様な台詞の連発で、映画との不協和音を起こしてしまっているのである。
率直な感想、半口開けて「うーわー。ぎぼぢわるい……」となってしまったのだ。
……というのは、この映画だけの事ではなく、多々見られるのだけど。

80年代の長閑なアイドル映画だった場合、何がなんだかワケの判んないけどとりあえずとても大変な難病らしくてねぇ……というテキトーな事態でやり過ごしたとしても、プログラムピクチャー好きな人間が故に温かい目で最後まで見守り続けてしまうのですが、今の時代、そりゃねぇだろ、と。
だからそれ、一体何の病気なのよ?
玉木宏クンも宮崎あおいちゃんの両方とも。
しかも玉木クンの謎のカイカイ皮膚病、実はその設定、無くても何らストーリーに影響しない設定だし。
更には事の顛末を黒木メイサちゃんの口からひと言ふた言で片付けさせてしまう、そのおざなりな加減には半口開けた端っこからヨダレが。
昔のプログラムピクチャーは2本立てだったんだよ。
だから片方がハズレでもどうでも良かった部分もあったんだけど、今の時代、博打も1本に賭けにゃあならん、というリスクを背負って観に行ってるのよ。
(……と云う事を新文芸坐で観た私が言うな)

……で。何で仏文科の人間がニューヨークに行っちゃうワケよ?
現実ならともかく、あくまでもお話に於いての設定なのだから、そういう無駄な事はしないと良いと思っているのですが、あたくし的には。

しかし。
それにしてもどうやら私は相当、大塚愛が癇に障るらしい。
「ねぇ、みんなーっ! あたしの事、好きーっ? あたしはあたしの事がが大・大・大・大・だーい好き!」(以上、ステージ上から客席に向かってマイクアピール)……という押し付けがましさが露骨に表れている様が、ものっスゴい気分が悪いといいますか。
そんなワケで映画関係者、エンディングに大塚愛を使うのは金輪際止めて下さい。
昨年公開した映画で何作も耳にせにゃならんかったので何の苦行かと。

ところで『虹の女神 Rainbow Song』と『ただ、君を愛してる』を組み合わせは何故ゆえに、と思ったのだが、自主映画と写真と云うフィルム繋がりだけでなく、樹里ちゃんと玉木くんの『のだめカンタービレ』括りだったのね、と。

『ドリームガールズ』

●『ドリームガールズ』
 (監督:ビル・コンドン/出演:ジェイミー・フォックス、ビヨンセ・ノウルズ、ジェニファー・ハドソン 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『幽閉者 テロリスト』

●『幽閉者 テロリスト』
 (監督:足立正生/出演:田口トモロヲ、PANTA、大久保鷹 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『DOA/デッド・オア・アライブ』

●『DOA/デッド・オア・アライブ』
 (監督:コリー・ユン/出演:ジェイミー・プレスリー、ホリー・ヴァランス、デヴォン青木 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『ディパーテッド』

●『ディパーテッド』
 (監督:マーティン・スコセッシ/出演:レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソン 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『どろろ』

●『どろろ』
 (監督:塩田明彦/出演:妻夫木聡、柴咲コウ、中井貴一 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『鉄コン筋クリート』

●『鉄コン筋クリート』
 (監督:マイケル・アリアス/出演:二宮和也、蒼井優、伊勢谷友介 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)