映画[た]の記事 (1/5)

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『大樹は風を招く(樹大招風)』

●『大樹は風を招く(樹大招風)』

監督/許學文、歐文傑、黃偉傑
脚本/龍文康、伍奇偉、麥天樞
出演/任賢齊(リッチー・レン)、林家棟(ラム・ガートン)、陳小春(ジョーダン・チャン)、杜燕歌(トー・インゴー)、張凱(チャン・カイ)、樂子龍(ユェ・ズーロン)、姜皓文(フィリップ・キョン)

樹大招風海報1 樹大招風海報2



 2016年の第53屆金馬獎は、実はセンセーショナルとも言えるノミネートをしている。
 『大樹は風を招く(樹大招風)』は最佳劇情片(最優秀作品賞)、最佳新導演(最優秀新人監督賞)、最佳原著劇本(最優秀オリジナル脚本賞)、最佳造型設計(最優秀メイクアップ&衣裳デザイン賞)、最佳剪輯(最優秀編集賞)という5つの賞にノミネートされ、最佳原著劇本と最佳剪輯を受賞した。
そして、最佳紀錄片(最優秀ドキュメンタリー賞)では受賞は出来なかったものの、香港の雨傘革命を若い視点で捉えた陳梓桓の『亂世備忘』、大陸のインディーズ系ドキュメンタリー映像作家・張贊波により著しい中国の経済発展の一環とも言うべき湖南の高速道路が新設される様子を撮った『大路朝天』という2作品がノミネートされていた。
 この3作品に共通すること、それは中国大陸での上映が禁止されている作品だということなのである。





 原題である中文タイトルの『樹大招風』とは「木が大きくなれば風当たりも強くなる。地位が高くなれば攻撃の目標にもなりやすい」という意味だ。
もう少し具体的言うと、「お金持ちや名声のある人にとって注目される事はいともたやすく、そしてトラブルも起きやすい」ということのたとえである。
日本語でいうところの「出る杭は打たれる」が近いことわざかもしれない。
 さらには英文タイトルの『Trivisa』にも非常に大きな意味が含まれている。
これは元々サンスクリット語の仏教用語で、「三毒」「三重煉獄」のことである。
 悪の根源である三毒とは「貪」「瞋」「痴」のことを指す。
「貪欲=貪婪=万の物を必要以上に貪り求める心(豚)」、
「瞋恚=仇恨=怒りの心(蛇)」、
「愚癡=人性的迷失=心性が愚かで一切の道理にくらいこと。また、心の迷いとも言え、真理に対する無知の心(鷄)」
これら3つの悪は煩悩に因るもの、という意味である(カッコ内はそれぞれを象徴
する動物)。
 愚癡の心から貪欲が生まれ、貪欲があるところには瞋恚あり、という連鎖により三毒、すなわち悪が見事に出揃うということなのだ。

 ここまで書けば『樹大招風』に於ける三毒とは、もろちん三大賊王と呼ばれる主役の3人を指すことだとお気付きになるであろう。
季正雄(クワイ=林家棟/ラム・ガートン)は「貪」、葉國歡(イップ=任賢齊/リッチー・レン)「瞋」、そして卓子強(チュク=陳小春/ジョーダン・チャン)は「癡」
ということである。
 簡単に言い換えると、彼らの成れの果てが下層世界である「餓鬼・地獄(修羅)・畜生」という三悪趣なのだと解釈をしても構わない気がする。
 ……というのも、餓鬼は赤鬼、修羅は青鬼、畜生は黄鬼のことなのである。
 金をせびる時だけ黄色、つまり金運にまつわる服をキめ、黄色いランボルギーニを乗り回す卓老闆(チュク)。
これが畜生の「黄」。(因みにモデルとなった張子強も黄色いランボルギーニに乗っていた)
 過去の犯罪の時はジーンズの上下。
身を潜めつつ心機一転で始めた電化製品の密輸商売を上手く行かせる為に大陸のお偉いさん達にへこへこする時に着ていたグレーのスーツに合わせていたネクタイは青の縞柄。
そしてクライマックスでブチ切れる時に青いポロシャツを着ていたのは葉國歡。
これが修羅の「青」。
 路上で警官殺しをし、名前を変えて身を潜めるかのように終始グレーや黒い色の地味な服を着て暮らしている季正雄。
だが、久々に大きな犯罪を犯すために用意した銃器を入れたのが子供用の赤いリュックなのである。
これが餓鬼の「赤」。
 このように実はこれら「鬼」の色を劇中でそれぞれの人物にそっと忍ばせていたことに気付いた時にはハッとした。
『樹大招風』はあらゆる箇所に様々なものを配置している、恐ろしいほどに綿密に作られた映画なのである。

 季正雄=林家棟のパートが許學文(フランク・ホイ)、葉國歡=任賢齊のパートが歐文傑(ジェヴォンズ・アウ)、卓子強=陳小春のパートが黃偉傑(ヴィッキー・ウォン)……というように、一人の監督が一人の登場人物の人生を描いている。
本来なら、それぞれが独立している小部屋のような映像作品郡を編集で見事に束ねあげ、ひとつのまとまりある大きな住居にしている。
 その最大なる役割を担っているのが、あらゆる場面で利用されるレストラン『風滿樓』の存在である。
 この店で葉國歡が大陸のお偉いさんをもてなすために料理を注文するが、逆に田舎者扱いをされてしまうメニューは鹹菜(梅菜)扣肉である。
実はこの料理は客家の名物料理である。
これもキャラの背景に関連するのかと思ったのだが、この件に関しては最後まで特に触れぬままであった。
 人物そのものには反映させたわけではないが、客家という土地を持たず、中華圏のあちこちに移動・定住し、商人として財を成す人々の様子、更には客家が大陸で何らかの差別を受けたりしていることなども薄っすらと含ませているのかもしれない。
 以上のことはあくまでも単なる深読みでしかないが、このレストラン『風滿樓』こそが『樹大招風』に於いて何を言いたいのか、ということを表している気がする。

 レストラン名ともなった『風滿樓』というのは、許渾の『咸陽城東樓(咸陽城東の樓)』の一節「山雨欲來風滿樓」の部分から引用されたのではないかと思うためなのだ。

『咸陽城東樓』
  一上高樓萬里愁,蒹葭楊柳似汀洲。
  溪雲初起日沉閣,山雨欲來風滿樓。
  鳥下綠蕪秦苑夕,蟬鳴黃葉漢宮秋。
  行人莫問當年事,故國東來渭水流。 

  一たび高城に上れば 萬里愁う
  蒹葭楊柳 汀洲に似たり
  溪雲初めて起こって 日閣に沈み
  山雨來らんと欲して 風樓に滿つ
  鳥は綠蕪に下る 秦苑の夕べ
  蝉は黄葉に鳴く 漢宮の秋
  行人問うこと莫れ 當年の事
  故國東來 渭水流る


《解釈》
  ひとたび高い城樓に登って周囲を眺めると
  万里の故郷への想いがひき起こされた。
  おぎやあし、柳の連なる風景は
  江南の川岸に 似ているからだ。
  まず谷間から雲が湧き起こったかと思うと、
  はや日は閣(たかどの)の向こうに沈まんとし、
  風が樓いっぱいに吹きこんで来て 、
  山の方から雨が降って来そうである。
  鳥が荒れた緑の草原に舞い降り、
  かつての秦の庭園は日が暮れてゆき、
  蝉が黄色く色づいた葉蔭で鳴いて、
  漢の宮殿あたりには 秋が訪れている。

  旅人よ、昔の秦漢のことは聞かないでおくれ、
  この古い都で昔と変わらぬのは
  東へ流れてゆく渭水だけなのだから。
(※公益社団法人関西吟詩文化協会のサイトより引用)

 『樹大招風』は1997年の香港返還前に「3人の窃盗王が徒党を組んで一大事件を起こすのでは?」という噂が黒社会界隈で流れたのをきっかけに物語が動き始める。
それが返還前夜の話、という作品なのである。

 鄧小平が提示した一国二制度をもとにし、社会主義政策を将来「五十年不變」である、というニュースが流れるテレビを開始早々に映し出す。
そして1997年7月1日の映像で締められる。

 3人の窃盗王が直接は交わることはない。だが、実際は行き交っていた。
その場所こそがこの『風滿樓』なのである。
『咸陽城東の樓』の意味を踏まえ、「香港」と置き換えて読んでみると、この映画の全体像が見えてくるはずだ。
香港人と香港という土地と大陸と時の流れ――――『インファナル・アフェア』3部作に代表される、これらの暗喩を含んだ映画としては現時点での集大成となる作品だと言っても過言ではないと思う。

 大胆不敵、そして犯罪を犯すのも刺激を求めており、どこか楽しんでいるような卓子強ではあるが、有り金をはたいて最後の大勝負に出ては切羽詰まる。
だが、こんな愚かともいえる彼がいたからこそ「四大天王」ならぬ「三大賊王(三大悪党)」の計画が持ち上がったのだ。
香港の大富豪・李嘉誠をモデルにした人物から金を巻き上げる際に声高らかに歌っていた張學友(ジャッキー・チョン)の『怎麼捨得你』から事のすべてが始まる。
四大天王が初めて一同に会してステージで歌うらしいが、ラジオのノイズしか聞こえないのも彼らを象徴しているようでもある。
今となってはこの件は資料すら見当たらない。

 季正雄は警官殺しの後、生計を立てるために犯罪を続けてはいるが、身バレを防ぐ為にIDを焼き、昔の仲間すらも手にかける。
窃盗王とはいえど、そんなビクつきながら暮らす、肝の小さな人間だったりもするのだ。

 商売をする為に大陸のお偉いさん達にへこへこしても上手くはいかず、更には香港に戻ってくると、路上で職務質問を受けた警官に「大陸仔,柒下柒下(大陸野郎はマヌケだな)」と言われてブチ切れる。
その香港人・葉國歡を演じたのは台湾人であるリッチー・レンという、衝撃的な演出かつ、作り手が抱え込んだドス黒いモノを詰め込んだ、凄まじい作品なのだ。
ちなみに葉國歡がお偉いさんに「商売」の許可を貰うために贈るのは花瓶なのだが、何故に焼き物の花瓶なのか?
それは磁器=ボーン「チャイナ」という皮肉が込められている気がしてならない。

 三大賊王といっても結局、彼らはそれ以前に一般の市民であり、何かしらコツコツと仕事をし、それぞれ生計を立てている。
大陸から吹き寄せてくる風は彼らにも影響を与えていることも描いているのだ。
 最後に付け加えておくが、『樹大招風』は2017年4月9日に授賞式が行われた、第36屆香港電影金像獎に最佳電影、最佳導演(許學文、歐文傑、黃偉傑)、最佳編劇(龍文康、伍奇偉、麥天樞)、最佳男主角(任賢齊、林家棟)、最佳男配角(姜皓文)、最佳剪接(梁展綸、David Richardson)という6部門でノミネートされ、作品賞、監督賞、脚本賞、編集賞、そして主演男優賞という5部門もの受賞をした。
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『タレンタイム~優しい歌』

●『タレンタイム~優しい歌』

監督・脚本/ヤスミン・アフマド
音楽/ピート・テオ
出演/パメラ・チョン、マヘシュ・ジュガル・キショール 他

タレンタイム日本版ポスター タレンタイム馬来西亜版ポスター


 愛する人が幸福であるのなら自分も幸福、不幸であるのなら自分も不幸……と言えるほどに生涯を共に遂げたい、と思える人と出会えるのは幸せと不幸せの両方を包含している。
 そんな一身の愛を捧げられる人と出会えること自体はとても幸せなことなのだが、本人らの意思とは別に、外部から、しかも生活文化などの障害により発生する壁は乗り越えられない場合もあるという困難が現実にはある。

 父親と対等な女系家族、様々な人種及び異宗教間での恋愛、同性愛では?と思われてしまうほどの男性同士での近い馴れ合い、華人のメイド、更には華人のムスリム……などという、マレーシアという国に於いて、タブーとも思えるような人との関わり方、或いはタブーでなくとも実際にはあり得るのか?と疑問を抱くような姿の描写が全編に渡って、多数散りばめられている。
 『タレンタイム』は、ライバルも人種も宗教も言葉も貧富などという壁をも越えながら、互いの心を通わせつつ、生と死も隣り合わせに描く。
 この物語は、マレーシアの中ではどれもが誰にでも起こり得るということを、同一に語っているのである。

 登場人物の心情の多くは劇中で流れたり歌われる歌の詞、そして詠まれる詩で表現されており、それらはインド映画の手法に限りなく近い。このような演出そのものですらボーダレスに表現されているのである。
 台詞で語られないことがかなり多いために、時を経て、マレーシアに関する知識がひとつでもふたつでも増えた状態で鑑賞をすると、そのたびに発見がある作品なのだ。



 この作品の中で描かれていることは、現実のマレーシアの姿に対し、こうなれば良い、そうなれば皆が幸せに向かって一歩踏み出すことが出来るのでは、という、未来に対しての希望や問いかけではなかろうか。
 いや、マレーシアだけではない。文化や習慣などの違いはあれど、世界中の人々に対して望むことなのである。
 つまり、クライマックスにて行われる、タイトルにもなっている『タレンタイム』という芸能コンテストのステージ上で繰り広げられていることそのものに、これらの意味のすべてが集約されている。
 ヤスミン監督が遺した最期のメッセージは、世の人々が平等で手を取り合えますように、という、愛に溢れた優しい願いが込められているとしか思えず、鑑賞後には胸いっぱいになってしまうのである。

 劇中で多用されるドビュッシーの『月の光』は『ベルガマスク組曲』の中の1曲。滑稽に振る舞う道化師の仮面の下には哀しみが満ちている。
 そのような意味も含まれているらしい上に、ベルガマスク本来の意味である即興演劇は、女性が演劇をすることがあり得なかった時代に女優を起用して演じられていたそうだ。
 劇伴ですらこんな深読みをしたくなる演出なのである。

 そしてマレーシア国歌の元となっている歌は『Terang Boelan(トラン・ブーラン、月明かり)』。もちろんマレーシアの国旗も月である。
 月は照らされて輝く存在。太陽のような存在の人がいてこそ、誰しも輝くことが出来る。そのやわらかな月の光に照らされて、さらに人の魅力が引き出されるのである。
 太陽が出ている昼に月は見えるが、月の出ている夜に太陽は見えない。姿が見えない時ですら、人は誰かしらに影響を受け、そして光り輝くのである。
 ちなみに『ラブン』でも月や『月の光』が重要な箇所で使われる。この曲に乗せて庭先に多民族の人々が次々と集まり、そして誰もが満面の笑みで仲良く一緒にゲームを興じる。
 月というマレーシアを表すものの元で、誰もが共に笑顔で幸せに過ごせるように、という祈りのようなシーンなのである。

 ヤスミン・アフマド監督が込めた願いが世界中に伝わる日が訪れるのはいつになるのであろうか。

『DRAGONBALL EVOLUTION』

●『DRAGONBALL EVOLUTION』
 (監督:ジェームズ・ウォン/出演:ジャスティン・チャットウィン、ジェームズ・マースターズ、チョウ・ユンファ 他)

いつ見ても衝撃的な予告編の冒頭のこのメッセージ。

DRAGONBALL EVOLUTION Trailer's message

『DRAGONBALL EVOLUTION』の先行上映の為、有楽町のTOHOシネマズ日劇1へ。
『ドラゴンボール』に微塵たりとも思い入れが無い私なのに、何故わざわざ世界で一番最初の一般上映に行ったのかというと、ジャスティン・チャットウィン、エミー・ロッサム、周潤發、田村英里子の舞台挨拶があった為。
だって生ユンファ兄ですよ。發哥が拝めちゃうんですよ。
そりゃ行きますさ。

プレミアは前日の晩に日本武道館であったのでマスコミも入らず、ユルい状態ののんびり、でも和気あいあいな終始笑顔の楽しい舞台挨拶。
そしてユンファ兄はどんなにハリウッドに行ってしまっても香港人らしさを大放出。
こんな時でもベロアのジャージライクなパンツで登場。
ジャージ、そしてベロアという完璧な香港人らしいチョイス具合に拍手。
(※私の中では香港人のドレス・コードはジャージだと思っています。その代表選手が周星馳なのですが)
更には香港明星の大御所の余裕、それは投げキッスの大売り。
久々にたっぷりと香港明星の素晴しきサービスをたっぷりと味わいまくったのでした。
通訳は言うまでもなく、私の大好きなラブリー☆周先生でございました 。
すべてにおいて眼福眼福。


ここまでは良い。舞台挨拶はものすごく良かった。
……で。
映画そのもののがどんな具合だったのか、皆さん、聞きたいですか?
仕事が詰まっているので、観た直後にtwitterで思いついた事をその場で書き散らかしていた物の再構成となりますが、とりあえず書いておきます。
ストーリー及び設定に関しては、皆さんには観に行って座席でひっくり返っていただきたいので、当然書かないでおきます。書かないのはいつもの事だけども。
私、一斉『ドラゴンボール』に思い入れがなく、客観的な立場で感じた事をメモした状態なので、きっと好きな人が観たらもっと物申したい事が山の様に出てくるかと思います。
ええ、先日の『青春メリケンサック』の如く。


まず、とにかくびっくりしてしまう事は尺が87分しかない。
そんな所で不意に思い出した様に香港人気質を発揮しなくてもいいのに、ジェームズ・ウォン。
尺が短か過ぎると思う反面、この手の映画は長過ぎても困るという、その辺の微妙な兼ね合いをつけるのが難しい作品ではあると思う。
だからといって、どこをどう考えてもせめて2時間は掛けるだろう、と思うのが普通。
だってあの超大作のどこをどうしたらそこまで短く出来るのか?
それは尺の短さに負けず劣らず……というか、負け過ぎ劣り過ぎの内容の薄さだから。
だからね、スゴいよー。
87分の映像に総製作費100億円以上を掛けている為、ランニング・コストが異常に高い映画に仕上がっちゃっているから。
これぞ未だ嘗て無い贅沢の極み。
どんな早さかというと、スタンプラリーの様に大急ぎでフラグをちょろっと立ててその場を確認し、話を次に進めるってな感じのスピード。

確かにCGを使ってドバーン!!と闘ったり何だりはしてはいるのだけど、“冒険活劇”という部分ががっつり過ぎる程に抜け落ちている。大部分、と言っていい程に。
それは“ドラゴンボールを7個集める”という、一番のキモの部分をおざなりにしているのと同じなのですが。
じゃあそれなら、がっつりと格闘映画に徹していたのか?と言ったら、今や自身は全く動いていなくてもスティーブン・セガールの方が明らかにアクション映画の大切な部分をきちんと守っている、といった具合。
私が単にアクション映画なのにCGで誤魔化された物を面白いとか価値を見出せないだけなのかもしれないけど。
つまり見せ場が盛り上がってんだか盛り上がっていないんだかという、ものっすごいあやふやな出来。
最大の見せ場であるクライマックスの闘いがたったそんだけ?と思わずにはいられない淡白さ。
あのーぅ。よく解っていない私が言うのもなんなのですが、かめはめ波ってあんなにも出さないモンなのですか?
ついでにおまけの事を言うと『ドラゴンボール』なのにあんなにチュッチュッチュッチュッしていていいのでしょうか。
はーい。それはとても間違っていると思いまーす。

でもちょっと優しい眼で見ると監督兼脚本家のジェームズ・ウォンの「こんな長げーモン、オレにどうやってまとめさせろと!」という、ギャーという悲鳴が聞こえなくもない。
それ以前の問題で、なんでジェームズ・ウォンに白羽の矢が立ったのかという方が不思議なのですが。
きっとそれは皆、「何作っても思い入れの強い客から文句が出そうなそんなモン、背負えきれねーよ!」と拒否したか、話が進み掛けたはいいがとっとと逃げ出しちゃったか、なんだと思います。そう思いましょう。


どっちみちいいものですね。思い入れが全然無いっていうのは。
たとえ何が起きたとしてもイライラしないで済むので。
何の思い入れの無い人間が観ると良くも悪くもジャンプ的な内容が故、「ま、実はそんなモンでしょ」ってな程度な気もするのですが。
ものっすごくざっくりとしたプロット以前の、単なる軽くネタ出しの為の箇条書きをまんまを映像化すると、この位の内容の薄さになるのでは、と思うのですがいかがでしょうか。
それでも原作がある物を、どうやったらここまで薄まった汁にする事が出来るのか、という疑問もありますけど。
要はA地点からB地点に移動する事しかせず、途中の行き来や横道などが無い映画。
最近、見事にその状態の駄作過ぎる映画をもう1本観たなぁ、と思ったら、それは『ヘブンズ・ドア』だったのですが。
『デトロイト・メタル・シティ』も酷かったけど、そんなのがマトモな部類に思えるほど。
大森美香は金輪際、映画の脚本を書くな。
逆にマイケル・アリアスは素晴しい。本当に力のある監督だ。
あのうんこ脚本をあそこまで見れるレベルに持っていけたのだから。
(※書く機会が無かったので、ここにて大放出)

『TATTOO -刺青-(Spider Lilies/刺青)』

●『TATTOO -刺青-(Spider Lilies/刺青)』
 (監督:周美玲/出演:楊丞琳、梁洛施、陳意涵 他)

今年のベルリン国際映画祭でテディ賞受賞作の日本初上映。
ネットアイドルの小緑とタトゥー・アーティストの竹子の、じわじわと思い出と現在を折り重ねて綴り、ラストに向かうレズという露骨な表現よりも“百合”と言った表現が合うお話。
どっちみち原題がSpider“Lilies”だし。
ま、“Lilies”と言っても日本語で書くと彼岸花、もしくは曼珠沙華なのですが。
ところで台湾(というか中華圏)の彼岸花って、日本の赤い花と違って黄色もあるんですね。
鍾馗水仙というそうな。
ついでに白い花の白花彼岸花というのもあるらしい事を付け加えておきます。

キュートなネットアイドルを演じた楊丞琳(レイニー・ヤン)、そしてタトゥー・アーティストを演じ、ほぼすっぴんだったのだろうけど美しすぎてまだ10代とは思えない梁洛施(イザベラ・リョン)の2人の魅力が遺憾なく発揮。
そして実際はレイニーの方が4歳年上なのにも関わらず、イザベラちゃんが10歳も年上の役を演じていても何の違和感も沸かないというスゴさ。
タトゥーだのピアスだのを入れる事に対する意味合いや微妙なニュアンスなどが判る人にとっては理解しやすい感覚なのですが、そうで無い人にとってはもしかしたら何だか良く判らない事を延々と綴っている様に感じるかも、と思ったり。
とはいえ、2人の現在・過去のエピソード以外にも解離性障害の弟のエピソードやタトゥー・サロンの常連客のエピソードなどがあり、あれこれ詰め込み過ぎた結果、散漫な結果に。
こういう場合、最初はてんでバラバラに置いたエピソードだったとしてもラストに向かってどんどん話を削って整理していき、エピソードを集結させ、出来る事ならすぺてを絡ませて、そして観ている側の感情も絞り上げて高めねばならないのに、中途半端に投げっ放しに近い物まであり勿体無く思えた。
レイニーとイザベラという美形2人をずっと眺めているだけでも本当に観る価値があった作品なだけにちょっと残念。

因に個人的なお小言としては肝心のタトゥーのデザインがどうもユルく感じてしまい、許せなかったり。
更にはどう見てもタトゥーが滲んでいる様に見えたのも減点。
やはり日本の様に撮影現場で刺青を描く職人さんが居ないのでしょうか。


余談。
台北のタトゥーショップを覗いた事があるのですが……というか、覗くどころかものっすごいオープンな場所で彫っているのに驚愕した私。
それは西門町という若者が集まる街があるのですが、間口一軒程度のドアの無い店、しかも隣りや向かいが普通に食べ物屋台の様な場所でウィーンウィーン、とマシンを回転させて彫っているんですよね。
確かに日本でもクラブイベントとかで彫っていたりする事もありますが、それ以上のデンジャラスさを感じてしまった私。
しかも暑くて湿気があるし、あの土地は。
以上、台北で彫ってみたい、という猛者がいらっしゃいましたら詳しく教えて差し上げます。
多分、日本より安く彫れる事でしょう。加油~♪

※東京国際レズビアン&ゲイ映画祭2007にて鑑賞
 作品紹介ページは→こちら
 公式サイトは→こちら

『多羅尾伴内』

●『多羅尾伴内』
 (監督:鈴木則文/出演:小林旭、池部良、財津一郎 他)

『トラック野郎 度胸一番星』

●『トラック野郎 度胸一番星』
 (監督:鈴木則文/出演:菅原文太、愛川欽也、千葉真一 他)

『大帝の剣』

●『大帝の剣』
 (監督:堤幸彦/出演:阿部寛、長谷川京子、竹内力 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『徳川セックス禁止令 色情大名』

●『徳川セックス禁止令 色情大名』
 (監督:鈴木則文/出演:杉本美樹、サンドラ・ジュリアン、名和宏 他)

『デジャヴ』

●『デジャヴ』
 (監督:トニー・スコット/出演:デンゼル・ワシントン、ポーラ・パットン、ポーラ・パットン 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『ただ、君を愛してる』

●『ただ、君を愛してる』
 (監督:新城毅彦/出演:玉木宏、宮崎あおい、黒木メイサ 他)

この映画、堤幸彦が撮った映画『恋愛寫眞』を基に『いま、会いにゆきます』の市川拓司が小説化した物を再び映画化した作品。

……なのだが。
“アナザー・ストーリー『恋愛寫眞 もうひとつの物語』”と謳っている割に堤の映画と何ら変わった部分が無いのですが、これ。
人物を替えりゃあ別の話になるっちゅーのは大間違いで、それはアナザー・ストーリーというのではなく、単に映画のノベライズ化という物だと思うのですが、私は。
そしてそれを改めて映画化する意味がどこに、と。

新文芸坐にて『虹の女神 Rainbow Song』と併映だった為、鑑賞したのですが、『虹の女神 Rainbow Song』の出来の良さに感心していただけにその差が歴然と露に。
その小説を読んでいないのでテキトーに勘でしか物が言えないのですが、台詞回しが多分、原作にかなり忠実だったのでは、と。
なので文字で目にした時は良くても、口で発した時に現実味が無く虫唾の走る様な台詞の連発で、映画との不協和音を起こしてしまっているのである。
率直な感想、半口開けて「うーわー。ぎぼぢわるい……」となってしまったのだ。
……というのは、この映画だけの事ではなく、多々見られるのだけど。

80年代の長閑なアイドル映画だった場合、何がなんだかワケの判んないけどとりあえずとても大変な難病らしくてねぇ……というテキトーな事態でやり過ごしたとしても、プログラムピクチャー好きな人間が故に温かい目で最後まで見守り続けてしまうのですが、今の時代、そりゃねぇだろ、と。
だからそれ、一体何の病気なのよ?
玉木宏クンも宮崎あおいちゃんの両方とも。
しかも玉木クンの謎のカイカイ皮膚病、実はその設定、無くても何らストーリーに影響しない設定だし。
更には事の顛末を黒木メイサちゃんの口からひと言ふた言で片付けさせてしまう、そのおざなりな加減には半口開けた端っこからヨダレが。
昔のプログラムピクチャーは2本立てだったんだよ。
だから片方がハズレでもどうでも良かった部分もあったんだけど、今の時代、博打も1本に賭けにゃあならん、というリスクを背負って観に行ってるのよ。
(……と云う事を新文芸坐で観た私が言うな)

……で。何で仏文科の人間がニューヨークに行っちゃうワケよ?
現実ならともかく、あくまでもお話に於いての設定なのだから、そういう無駄な事はしないと良いと思っているのですが、あたくし的には。

しかし。
それにしてもどうやら私は相当、大塚愛が癇に障るらしい。
「ねぇ、みんなーっ! あたしの事、好きーっ? あたしはあたしの事がが大・大・大・大・だーい好き!」(以上、ステージ上から客席に向かってマイクアピール)……という押し付けがましさが露骨に表れている様が、ものっスゴい気分が悪いといいますか。
そんなワケで映画関係者、エンディングに大塚愛を使うのは金輪際止めて下さい。
昨年公開した映画で何作も耳にせにゃならんかったので何の苦行かと。

ところで『虹の女神 Rainbow Song』と『ただ、君を愛してる』を組み合わせは何故ゆえに、と思ったのだが、自主映画と写真と云うフィルム繋がりだけでなく、樹里ちゃんと玉木くんの『のだめカンタービレ』括りだったのね、と。

『ドリームガールズ』

●『ドリームガールズ』
 (監督:ビル・コンドン/出演:ジェイミー・フォックス、ビヨンセ・ノウルズ、ジェニファー・ハドソン 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『幽閉者 テロリスト』

●『幽閉者 テロリスト』
 (監督:足立正生/出演:田口トモロヲ、PANTA、大久保鷹 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『DOA/デッド・オア・アライブ』

●『DOA/デッド・オア・アライブ』
 (監督:コリー・ユン/出演:ジェイミー・プレスリー、ホリー・ヴァランス、デヴォン青木 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『ディパーテッド』

●『ディパーテッド』
 (監督:マーティン・スコセッシ/出演:レオナルド・ディカプリオ、マット・デイモン、ジャック・ニコルソン 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)

『どろろ』

●『どろろ』
 (監督:塩田明彦/出演:妻夫木聡、柴咲コウ、中井貴一 他)
 .....(SEEN AND TO BE REVIEWED)
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